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平成28年9/25(日)上越春日山城跡巡り 19㌔

平成28925日(日)  上越春日山城跡巡り

天候 晴れ  参加者 54名(男 30名、女 24名)

リーダー 高橋 富一郎   サブリーダー 金安 シウ、明間 行市

【行 程】 新潟駅→→→→長岡駅→→→→直江津駅・・・春日謙信交流館・・・
      春日大手門入口・・・春日山城・・・春日山神社・・・国府別院・・・
      五智国分寺・・・直江津駅→→→→長岡駅→→→→新潟駅

 新潟駅を6:46に出発し途中、長岡駅で乗り換え(8:02/8:06)定刻通り9;40に直江津駅に到着し、自由通路(写真-1)を通り南口広場に集合しました。
 直江津駅に到着時では、天候は晴れ、風が無く湿度が高くむし暑く感じられる気象条件でした。直江津駅南口広場にて点呼(写真-2)、リーダーからの注意事項・サブリーダー紹介(写真-3)がありました。リーダーからは、気温上昇が予想されるので水分をこまめに補給するように注意事項が伝えられました。
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 今回のリーダー、サブリーダーは揃いのTシャツ(写真-4)を着て気合が入っていました。
Tシャツの背中には「歩かなければ 歩けなくなる」のロゴが入っていました。
 
 また、直江津駅南口広場には、長年、信越線の直江津~長野間で活躍した「陸の王者 D51型式蒸気機関車」(通称デゴイチ)の動輪(写真-5)が展示されていました。

 高橋リーダーの指導で準備体操(写真-6)を行い、955頃、高橋リーダーを先頭に出発(写真-77②)しました。

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 市街地を10分ほど歩くと、焼山を水源として長野・新潟県を流れ日本海に注ぐ関川の左岸堤防上に出ました。(写真-8)堤防上は風も弱く絶好の歩行日和でした。
 2㎞ほど関川を遡り、県道43号線の謙信公大橋(写真-9)の西詰で春日山方向に右折し、上越市役所脇の木陰で水分補給(写真-10)ました。

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 春日謙信交流館には、10:48頃に到着(写真-11)しました。
 春日謙信交流館は、えちごトキめき鉄道(旧信越線)の春日山駅前に位置し、集会場や調理室・和室等を備え上越市春日地区公民館として各種サークル活動や会議等に活用され、当日は地区の敬老会が行われフラダンス等が披露(写真-12)されていました。
 水分補給・トイレ休憩後、10;57頃に春日謙信交流館を出発(写真-13)しました。

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 市街地を25分ほどで、上越市埋蔵文化センターに11:21頃 到着(写真-14)しました。
 ここでは、「上杉おもてなし武将隊」の歓迎(写真-15)を受けました。ここで、春日山城登城を目指すグループと春日山神社を目指すグループに分かれ、春日山城登城を目指すグループは、「上杉おもてなし武将隊」の音頭で「エイエイオー」の勝鬨(写真-16)を三度上げ登城を目指しました。

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 11:33頃、上越市埋蔵文化センターを出発し、高低差約100mの登山となり、ほどなく春日山城を一周する大手道に入りました。(写真-17
 始めはなだらかな山道でしたが、番所跡(写真-18)を過ぎるころから木陰に入ったものの急坂(写真-19)となりました。番所跡の標柱のある小山は、木戸が造られた土塁の跡と云われています。

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 更に、柿崎屋敷跡を過ぎると勾配が激しくなり(写真-20)本丸へと続きました。

 12:00頃、本丸跡に登城しました。本丸跡からの眺望(写真-21)は、遠くに米山を望み、直江津市街から高田市街まで一望にできるすばらしい眺めでした。 21_4

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 山頂では、思い思いに休憩や記念撮影(写真-22)を行いました。

 後日インターネットで調べてところ、春日山城の築城時期については定かではないということですが、永正年間(1504-21)頃、守護代・長尾為景により城砦化された。長尾景虎、のちの上杉謙信はこの春日山城で生まれ、生涯ここを本拠としました。
 
 15分ほど休憩し、12:15頃、下山を開始し、12:30頃、春日山神社(写真-23)に到着し境内で昼食(写真-24)となりました。春日山神社は越後守護代上杉氏の氏神として栄え、奈良春日大社の分霊を祀り、春日山城の名前の由来ともなりました。

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 13:00
頃、春日山神社の急石段(写真-25)を下り、13:15頃、林泉寺(写真-26)前を通り国府別院に向かいました。沿道では、コスモス(写真-27)が咲いていました。

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 28_2途中、旧加賀街道(県道185号線)を通り、往時の松並木が現存(写真-28)していました。
 
 加賀街道は北陸と江戸を結ぶ公道として栄え、正しい名称は北国街道といいます。昭和
10年当時は100本以上の松並木でしたが、現在では20数本となっています。

 国府別院に13:46頃到着(写真-29)しました。国府別院は、これから行く、五智国分寺の竹之内草庵から親鸞聖人が移り住んだ竹ヶ前草庵(たけがはなそうあん)があった場所といわれ、この草庵で親鸞聖人は恵信尼と暮らしたといわれています。国府別院には立ち寄らず、脇を素通りし五智公園をグルット廻り(写真-30)、五智国分寺に14:17頃、到着(写真31)しました。

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32 五智国分寺は、今から1200年程前の天平13年に聖武天皇が日本の平和と繁栄を祈願して、その国ごとに国分寺と国分寺尼寺を建立された越後の国の国分寺です。本尊が五智如来なので、五智国分寺ともいいます。
 また、境内には親鸞聖人の旧跡の竹之内草庵があり、等身大の自刻像が安置されています。

 三重の塔は、寛政6年の火災以後、安政3年(1856)に宮大工曽武川常右衛門、江崎長三郎の手により着工されました。その後、慶応元年(1865)に上棟され整備されてきましたが、高欄などが未完成のまま現在に至っているそうです。

14:32頃、五智国分寺を出発(写真-33)ゴール(直江津駅)に向かいました。途中、雪国特有の雁木(写真-34)の下を通りながら歩行しました。

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14:55頃、直江津駅に無事ゴールしました。(写真-3536

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 9月下旬とはいえ、日差しがあり、湿度が高く風のない天候であったため、いつもより体力を消耗する歩行となりました。

 しかし、リーダー、サブリーダーの適切な誘導により、当初予定より一列車早いのに乗車することができました。

 直江津駅(15:08)発、長岡駅乗り換え(16:38/17:02)、新潟駅(18:19)着となり、予定より1時間30分以上早く到着することができました。
 リーダー、サブリーダー、各班長さん、サポーターの方々、おつかれさまでした。                   〈ブログ担当 m.u〉
 

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